平利の歴史

初代平田屋吉蔵は江戸時代、藍染を営んでおり、その染めものを買い付けにくる商人をお泊めする機会が増えてきた明治元年に旅館業を始める。清翠館平田屋として宿屋と食事処を生業としながら、二代目利助の時、旅館平利と屋号を変える。

数多くの文人歌人に愛され、日本三大書家である日下部鳴鶴師の書や平福百穂の掛け軸、山口華陽の絵、今もなお平利の看板として残る中林梧竹の書など。。。中でも特筆すべきは明治から大正にかけて三度も当館に逗留した美人画で有名な竹久夢二であろう。夢二は三度の滞在で八点もの詩や風景画、扇面に記したスケッチなど数多くの品を残している。

創業から約150年ほど続く老舗旅館が今の形に姿を変えたのが平成16年の冬。当時横手市では、かまくら祭りが行われていた最中、火災により全焼。同じ年の11月には新しい平利を再建し、現在は古から受け継がれるおもてなしの心と手作りにこだわる職人の技を大切に、料理屋として営業している。

平利の歴史
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